Dictonary 134
06/24
Dictionary 134で茂木健一郎さんの面白いエッセーを読む。旧来メディアへの現在置かれている無意味さとネットのオルタナティブ性と可能性について分かりやすく書かれている。
スネークマンショーでおなじみの桑原茂一さんが主催するDictionaryは他の雑誌では見られないようなある意味Edgeの効いたカウンターな内容のフリーペーパー。毎回気づくと手に取るようにしている。
全てが全て面白いわけではないが中には結構鋭い事が書いてあって色々な考えが覗けてそれが面白い。個人的には茂木さんの記事は色々な発見があって楽しみにしている。
今回茂木さんが既存メディア(特にテレビ)のダメさ加減と最近のネットサービス(TwitterやUstream)の可能性について書いていることが結構バッサリで鋭く面白かった。
「自らは批判されない安全圏に身を置いて、誰でもできる批判を繰り返すだけのメディアなど、もう不要とさえ思います。すくなくともそこには、エッジの立った創造性の高いクリエイティブは存在しません。」とメディアジャイアント(テレビや新聞)に対して書いているがこれがテレビの現状についての核心であろう。
もうテレビはガチガチのメディアであり、練りに練ってどこからも苦情が出ないように番組を作って行くような姿勢が浸透している。そんな自由を奪われた状況からは偏った意見が出がちであり、それは時により一般の意識とのずれとなって現れている。
茂木さんはそれを「普天間の問題」で説明していて分かりやすく書いていた。これは機会があったら手にとって読んでもらいたい箇所である。
個が責任をちゃんと持ちながら本当の意味で大きな繋がりの形成を助けるこれらの新しいネットのメディアは日本の変革に欠かせないツールでは?、と締めくくっている。
もちろん個としては色々な情報をしっかりと判断出来る知識と能力を持たなくてはいけない、という最低限の事が必要ではあるが、今後ますますテレビの存在価値が個の中では薄れていきそうだ。
例えば結構重要なニュースが海外のニュースメディアのサイトなんかで出てきても日本のテレビメディアがほとんど報じなかったりなんて最近ざらにある。BBCなんか読んでいるとそれを痛感する。
今回の茂木さんの記事読んで色々発信の方法など考えることがたくさん出来た。またまたネットは面白い流れになっている。
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